第1章

出会い









 ゼロ・アリオーシュがフォレストセントラル(中央)に現れたのは必然だった。
 それは彼が望んだことなのだから。彼女への最後の頼みだったのだから。
 だから、彼が今中央の古くて小さな神殿にいるのは理にかなっているのだ。
 だが、そこで彼を出迎えた“彼”がいたのは、必然だったのだろうか。
 はたまた偶然の産物か。
 ゼロ・アリオーシュが呼び寄せた出会いの奇跡か。
 運命に引き寄せられた細い宿命の糸か。
 それは誰も分からない。
 何故ならそれこそが“森の意志”なのだから。



 黒い、丈夫で少し大きめの戦闘服を身に纏い、華美な鞘に収まった一振りの刀を持ち、麗しき死神は中央に降臨した。
純黒の美しい髪は気ままに踊り、セットせずとも彼に合った風になっている。つり目がちで、紫がかかった黒瞳には意志の強さと信念の強さと、僅かばかりの憂いを秘めている。どんなに一流の人形師が作ろうとしても、彼の美しさには勝らないだろう。それほど美しく整った顔立ちは、野性味と気品を兼ね揃え、万人から美しいと評価されるはずだ。よく見ると細かい傷があるのだが、その傷がまた彼の格好良さを引き立てていた。傷のない部分の肌は、並の女性よりもきめ細かく、女性がため息をつかんばかりであった。全身に無駄な筋肉はなく、美しい身体と称しても過言ではない。長い睫毛のおかげで、女性に間違われることもありそうな彼を、女性はもちろん、同性愛好者も放って置いたりはしないだろう。
 ゼロを出迎えた“彼”は、笑顔を浮かべながらゼロの顔をまじまじと見つめた。
 夕日に当てられて、だいぶ眩しいがそれでも笑顔と分かる。ハッキリとした“笑顔”だ。
「綺麗な顔しとるのぉ。周りが放っとかないやろ?」
 当然のことながら、二人は初対面で、何の面識もない。だが、そんなの大した問題ではないと言わんばかりに、“彼”はゼロに話しかけてきた。
 ゼロは話しかけてきた男を見た。
 ゼロと似た髪形だが、彼の髪は僅かに青く、限りなく白に近い色だった。彼もまた、完璧と言えるような容姿をしているが、ゼロとはよく似て、だが根本が異なる感じを持っていた。彼は、ツンとした雰囲気を持たず、誰とでも仲良くできそうな柔和さがあった。なかなかに似た容姿で、ここまで違った雰囲気を持つのは、なかなかに珍しいだろう。
「お前も、人のこと言えないぞ?」
 彼からは、敵対心を一欠片も感じなかった。故に、ゼロは軽く微笑んだかもしれなかった。注意深く観察しなければ分からないような、そんなゼロの表情。少なくとも、嫌われてはいないということは分かると思われるが。
「聞いてた通り、面白いやっちゃな」
 ゼロの突っ込みに笑いながら、“彼”はそう答えた。
「待っとったで、ゼロ」
 “彼”は右手を差し出した。
「ちょっと、話があるねん。着いて来てや」
 ゼロはその右手を握り返し、状況把握のできていないままに彼に着いて行った。



 ゼロは“彼”と歩く道中で、大雑把な説明を受けた。
 “彼”曰く「分かっていた」らしい。
 あの日、西南北の連合軍が東のムーンを倒すために戦いを挑んだこと。多くの犠牲を払った代償として、連合軍が勝利したこと。そして、ゼロがムーンを倒したこと。
 これから向かう場所は、“彼”が所属する中央の派閥の中でも上位に位置する“森の守護者”の本拠地らしい。ゼロが大分世話になった“エルフ十天使”のランクはと言うと、だいたいだが彼のところと互角らしい。人数的な差はあるらしいが。
 それと、中央の情勢については、現在は頂上に君臨する者がおらず、覇権を巡り戦いが行われているという。幾多の派閥があり、それらのリーダー格が倒されるとその派閥は自分たちを倒した派閥の傘下に入るか、解散し覇権を見守る、というのが中央での戦いのルールらしい。そして全ての派閥のリーダー格を屈服させ、中央の秩序を守ることが出来得ると、“翁”と呼ばれる人物を通して“森の意志”に認められた者が、中央における全ての権力を委ねられるという。もしその秩序が乱れ始めれば、“翁”が秩序の崩壊を宣言し、また覇権を争っての戦いが起こって……の繰り返しらしい。現在最も覇権に近い者は、シーナ・ロードという男で、未だ無敗を誇っているらしい、しかも仲間を持たず、彼一人だけで。そして、どうしてこのルールが破られないか、というと、中央のエルフは皆“森の意志”を絶対と信じ、“森の意志”で定められたそのルールを侵すことは、万死にも値する大罪らしい。
 正直ゼロは、俄かには信じがたい内容の話にしか聞こえなかった。
 一応その話を頭に入れながら歩いていると、目的地に着いたようだった。
―――そういえば、まだこいつの名前聞いてないな……。
「なぁ……」
「ウォーさぁん! 連れてきましたよー!!」
 いきなり“彼”は大きな声で誰かを呼んだ。ゼロは完璧に名前を聞くタイミングを逸してしまった。
 ゼロが驚いている数秒後、門が開いた。“彼”は無遠慮に中に入っていく。
「さ、まず中に入ってや」
 中に入る前、ゼロはこの建物を見上げた。それはどことなく、“エルフ十天使”の本拠地の砦に似ている気がした。
「何してるんや?」
 入ってこないことを不信に思われたか、“彼”が振り返りこっちを呼んでいた。
「いや、なんでもない」
 ゼロは急ぎ足で中に入った。
 中に入ると同時に、後ろ手に門がしまる音が聞こえた。

 案内されて入った部屋では、一人の体格の良い大男が椅子に座って待っていた。一見しただけでも分かる。この男は相当な猛者だ。
―――中央には、こいつクラスの奴が溢れてるのか? いや、あいつの態度からして、この派閥のトップか……? どちらにせよ、東西南北じゃ比にならないポテンシャルだな…・…。
 ゼロの洞察眼で判断するに、この男の実力は、今は亡き父、ウォービルに勝るとも劣らない、といったところだった。自分が勝負して、確実に勝てる見込みはない。
「ようこそ、ゼロ・アリオーシュ。俺は、ここ“森の守護者”のリーダー、ウォー・ガーディアンだ」
―――なかなかイカした名前だな、おい。
「当然実名ではないがな」
 ゼロは虚を突かれた。まるで心を読まれた心地だ。
 改めてこの男、ウォーを見てみる。年のころは30代半ばくらいだろう。見るからに生まれつきの武人という感じだが、人望を集めそうな大きさがあった。ゼロにはまだない、人としての大きさ。大きな背中。きっと、多くの思いをその背中は背負っているのだろう。
「単刀直入にお聞きします。俺をここに呼んだ理由とは?」
 なんだか、居心地がよくなかった。ゼロは急かすようにそう問いた。
「この話を単刀直入に言っても、君はNOと答えるとしか思えない。気分が悪い思いだろうが、我慢して聞いてくれ。おい、ちょっと茶でも淹れてきてくれ」
 ウォーはゼロの容態を理解しているようだ。自分が見透かされているようで、ゼロはさらに気持ち悪く感じた。そして“彼”は言われた通りに茶を淹れるためか、退出した。
「気持ち悪い理由は、この砦が中央の中でも比較的中心部に位置するからだ。外界付近の、君らの生活する東西南北の何倍も空気が濃いのが原因だろう」
 以前何気なしに読んだ本に、ゴーレムなどの住む高山に行くと、空気の薄さのため身体の機能が低下するという話は少なからず知っていたが、濃すぎても駄目だということは知らなかった。
「そうだな、例えれば、高濃度の酒は薄めれば気持ちいいが、薄めずに原酒のまま飲むと気持ち悪い、きついだろ? そういうことだ」
 なかなかに巧い例えだった。ゼロは昔父親に無理矢理飲まされた味を思い出し、わずかに顔をしかめた。
「以前俺がレリムの所に行ったとき、こんな感じはしなかったんですが」
「“エルフ十天使”の砦は、限りなく君たちの住む場所に近いからな、君たちの住む所の空気と似てるんだ。そしてその近さこそが、君を呼んだと言っても過言じゃぁないな」
 ゼロは思った疑問を全てぶつけるように、ウォーに質問した。
「俺は自らの意志で、力を求めてあそこに行ったはず。それを、“俺が呼ばれた”ですって?」
「そうだ。君は呼ばれた。全て今日というこの日の為に。混沌の渦巻く中央の地に、秩序と平和をもたらすが為に。“森の意志”は君を呼んだのだ。全ては、君を中央へと導くための伏線だ」
 まるで頭を強く打たれるような思いだった。まさか自分さえもが“森の意志”に操られていたとは、想像すらしなかった。
「君に“独創者”の力が働き始めたのは、君が17歳の誕生日を迎えてからだ。それまでは、ふつうのエルフ同様、“森の意志”に反する行為は為しえなかったんだ」
 ゼロはただ驚くばかりだった。自分の知らない世界を知らされているような思い。
「“独創者”……?」
「“独創者”とは、“森の意志”に介されず、己の意志で行動できることが許された者のことだ。まぁ、君は“運命の楔”という直接的な“森の意志”、いや、“神々の意志”によって介入され、“森の意思”のままに動くしかなかったようだが」
―――アノンの存在が、介入だったっていうのか……?
 なんだか、やり切れない思いがゼロの胸の内にあった。
「だが、ムーンという厄災の宿命を背負った者を倒した今、君は“森の意志”に介されることなく動くことが出来ている。“森の意志”に君の動向を知ることは出来ない。今君が中央にいることを、“森の意志”は知らないのだ」
 膨大な新しい知識が、脳内で暴走しそうなのを必死にまとめて、ゼロはウォーに質問した。
「待ってください。だったらどうして“森の意志”は俺の動向を知ることが出来ないっていうのに、貴方たちは俺が中央に来ることを知ってたんですか?」
「“森の意志”に“独創者”たる君の動向を知るころは出来ない。だが、“独創者”が森を壊さないための抑止力があるんだ。中央のエルフは君たちでいうところの魔法を使うことが不可能な代わりに、皆それぞれ異なるが、潜在的に特殊な能力、“アビリティ”を持って生まれてくるんだ。そしてどういうわけか “独創者”の動向を予知する能力を持って生まれる者が常時必ず一人存在するんだ。その一人が死ねば、すぐにその能力を覚醒させる者が発生する。我々はそういった者のことを“監視者”と呼んでいる。で、その“監視者”の言葉を聞き、君が来ることを知り、出迎えた、というわけだ」
―――まるでご都合主義だな……。
「だったらその“監視者”が俺の動向を“森の意志”に伝えたら、“独創者”も形無しじゃないですか」
「そんなことはないんだよ」
 段々とわけが分からなくなっていく。
「俺のようなふつうのエルフたちが、“森の意志”と直接接触することは出来ない。“独創者”が“森の意志”と接触したということの記録もない。誰も“森の意志”に何かを伝えることは出来ないんだ」
 ウォーの声のトーンが変わった、気がした。
「もしかしたら、俺のようなふつうのエルフたちを中継点として“独創者”と接触させることにより“森の意志”は“独創者”の動向を一時的に掴んでいるのかもしれないな」
「そういうことを話している時点で、“森の意志”の介入を受けてないように感じるんですが……」
 その質問は、多少ウォーの表情を驚かせた。
「そんなことはないさ。“森の意志”の介入は、無意識下で行われていたり、運命としてあらかじめ用意されたりしているものなんだ」
 その答えは、ゼロにとって不満だった。
「何故そのことを疑わないんですか? それだったらどうして“独創者”なんてものが存在していると分かるんですか?」
 若干、強気に質問する。
「疑う? そういうことを思える時点で、君は“独創者”なんだよ。“森の意志”に反する考えを、“基本的に”ふつうのエルフは抱いたりしない。用意された道を歩くかのように、この世界に生きる99.999999%の存在は運命を受け入れて生きているんだ」
―――残りの0.000001%が、“独創者”ってことか……。
「俺がこうして君に説明しているのも、“森の意志”によって定められた運命かもしれないな」
 ウォーはそこで笑って見せた。だが、ゼロはどうにも納得がいかない。不愉快だった。もしかしたらこう思えている自分を“独創者”なのかもしれないと思っている自分さえもが、不愉快だった。
「今さらですけど、そもそも“森の意志”って何なんですか? どうしてそんな存在があるんですか?」
 ウォーは、一拍置いて答え始めた。
「“森の意志”という物体は存在しない。神などのように考えてもらってけっこうだ。“森の意志”は言わば“森に宿った思念体”。誰も見ることはできないし、会うことも触れることもできない。唯一、“森の意志”と交信できると言われているのが、“翁”だ」
 新たな単語にゼロは眉をひそめた。
「オキナ……?」
「そう、我らがエルフの長たるお方で、輪廻転生の理から外れた存在だという話だ」
―――おいおい、いくらなんでもそれはないだろ?!
 今までなら信じられないことだったが、今聞いている話を思えば、どこか有り得そうな気もしないではないが。
「まぁ、俺もまだ32年しか生きてないしな。少なくとも俺が生きている間はご存命だ」
―――全てを知る為には、その翁に会うのが賢明か……。
「質問はこのくらいか?」
「あ、はい。なにやら、質問ばかりで申し訳ありませんでした」
 どうやら本題に入るようだ。ゼロはすっかり押し問答にふけっていたことを自覚した。どうやら体調もだいぶよくなっている。慣れ、だろうか。
「お茶もってきましたよー」
そこで“彼”が再び入ってきた。カップを置き、自分もゼロの隣に座った。
ウォーは一口それを口にし、ゼロを見た。
「俺の言いたいことは、君に、我々“森の守護者”の一員になってもらいたい、ってことだ」
その言葉は、予想の範疇だった。
「すぐには返答しかねます」
 まずは、逃げの一手を放つ。
「“独創者”たる君の力と、もう一人の“独創者”であるレイがいれば、近い将来に覇権を争う戦いを終わらせることが出来ると俺は思っている」
「もう一人の“独創者”……レイ?」
 初めてでてきた名前だった。
「俺、俺。俺のことやで」
 肩を叩かれ隣を見ると、にっこりと笑っている“彼”がいる。
「お前が、もう一人の“独創者”?」
だから、自分は彼をすんなりと受け入れられたのだろうか。
「そやで。自己紹介も今さらって感じやけど、俺はレイ・クラックス。ゼロとおんなじ17歳やで」
「しかも、そいつも君と同じ、東西南北の出だ。中央の生まれではない。ここで、最も君に近い存在だと思うが。どうだ? レイとともに来ないか?」
 その事実には、流石に驚いた。
「東西南北の出?! てことは、禁忌とされている中央への介入をした奴が、俺の他にもいたってことか?!」
 ゼロは勢いで立ち上がりそうだった。
「まぁ、そやな。ちなみに俺は東の生まれやで。ムーンの方針が嫌いやから、徴兵断ってこっちに来たんや」
―――徴兵を断ったって……ムーンの徴兵は魔法による洗脳だぞ? それを破るって、どういう魔法耐性を持ってるってんだ……?
「どうだ? 我々と共に、未来を作らないか?」
 ゼロがレイに気を取られていると、ウォーは再度そう訴えてきた。
「すいません、もう少し時間をください。俺には、レリムへの恩がある。それに報いる前に、ここで行動をしちゃいけない気がするんです」
 ゼロは立ち上がり、一礼すると部屋を出て行こうとした。
「色よい返事を期待しているよ」
 ウォーはゼロを見ずにそう告げた。
「ご返答しかねます」
 ゼロが部屋を出て行く。幸いなことに、門は開いていたため、ゼロはそのまま外へ出て行った。
「あ、ゼロー! ちょっと待ってやー!!」
 ゼロを追いかけるように、レイが走ってきていた。

 砦を出てからレイに気付いたゼロは、砦のすぐ側で足を止め振り返った。
 すでに日も落ち、だいぶ暗くなってきている。
「どうした?」
 ゼロが不思議そうにそう問う。
「どうしたもこうしたもないやろ! ゼロ、どこに寝泊りするつもりなんや?」
 相当全力疾走したのだろう、肩で息をしている。
「そんな演技しなくていいぞ? お前、その程度じゃ全然息切れしないだろ?」
ゼロの言葉を聞き、レイは悪戯を見つかった子供のようにばつの悪い表情したあと、照れ笑いしてみせた。
「なんや、バレとったんかい」
 ゼロはレイに向き合って呆れたように首を振った。
「ワザとらしいんだよ。それに、お前が相当出来るってことなんか、一目瞭然だ」
 そう言ってゼロはレイを小突いた。
「アハハ、ごめんな~。で、ゼロはどこで寝泊りする気なんや?」
 ゼロは思わず笑いたくなった。このどことなく自分と似ている男は、どこまでも嘘や隠し事が苦手なようだ。
―――伸るか反るか……。
「何か提案でもあるのか?」
 レイは顔を輝かせて、パシッと手を叩いた。
「さっすがゼロや! 察しがええなぁ! どや? 俺が使ってる家に来ぃへんか? 正直なところ、一人だとさびしーねん」
 わざとらしく拗ねてみせるレイ。ゼロはそんな彼を見て思わず笑ってしまった。今までいなかったタイプだ。貴族学校時代の親しい友達は、やはり貴族の子、どことなく我が強い雰囲気があった。だが、このレイという男は、自分と同じ目線で、まだ会って数時間だというのに、拒否反応を起こさせることなくゼロの心に入ってきたのだ。
「分かった。俺も正直なところ、行く当てはなかったからな」
 レイの嬉しそうな笑顔に、ゼロも嬉しく思った。きっと彼は人の幸せを一緒に喜び、人の不幸を共に悲しむことのできる立派な男なのだろう。
「決まりやな! ほな着いてきてや」
 レイがニコニコしたままゼロの先を歩き始めた。彼と会ってから比較的笑うことが多くなったゼロだが、やはり彼のように常時笑っている者と並ぶと、ツンとしたイメージは残るようだ。

「ここやで!」
 レイが案内した所は、いわゆる一般家庭の家だった。正直、貴族の出であるゼロにとって、こういう家に入るのは初めてのことだった。
「…………」
 なんとコメントしていいのか分からないようだ。
「まぁゼロみたいな奴が住むにはちょいと見劣りするかもしれへんけど、我慢したってや」
「仮設住宅とかは体験したことがあるからな、心配するな」
 ゼロは、虎狼騎士として北に攻め入った時のことを思い出していた。
 中に入ると、真っ直ぐに通路があり、左右に合計4室がついていた。リビングルームと、ダイニングルームと、バスルームと、ベッドルームの4室で、レイの話によれば極一般的の、中の下ランクの家らしい。
「荷物は寝室に置いといてや、風呂は、早い者勝ちやな。別に俺は一緒でも構わへんけど。あと、食事は……ゼロ出来るんやっけ?」
 テキパキと指示してくることを、ゼロはざっと頭に叩き込んだ。さっきまでウォーと話していたことと比べれば、可愛いものだ。
「ん? あぁ、それなりには出来る」
 実際のところ、ゼロの料理の腕はかなりのものなのだが。
「せやったら、食事当番はゼロで、俺は買出しやな。掃除は一緒にやろや」
「レイ」
 ゼロには、改めて言おうと思った言葉があった。
「ん? なんや?」
 相変わらず、レイは笑顔を絶やさない。
「ありがとな」
 ゼロは照れくさそうに、そう言った。
「へへ、どーいたしましてや!」
 これから始まる新しい生活。
 だが、ゼロの気持ちはまだ揺れていた。
 レイのいる“森の守護者”に付くか。
 恩のあるレリムの“エルフ十天使”に付くか。
 どちらにせよ、戦いの運命は避けられそうにもなさそうだ。
だが、ゼロにはある一つの決意があった……。




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